淳Think 2003年4月2日(水)号外

<緊急アピール>(その2)

ブッシュ大統領に問う、アフガンのための「戦争と復興」は果たして"成功"だったのか?

-イスラム世界を訪ねて―

3月17日から1週間のパキスタンヘの訪間は、私たちのこれまでのどの中東への旅よりもはるかに短いものだったが、とても意義深いものだった。イラク開戦の日をはさむ前後7日間という重大な局面を、日本国内ではなく、中東の東の端に位置する小さな国で迎えるという運命に巡りあわせたことにより、感ずるところが多々あったからである。

ブッシュ大統領、これから申しあげることは、このパキスタン訪問を通じて深まった、“あなたの戦争”に対する重大な疑問と懸念である。しかし、この疑問と懸念は、この戦争が、世界のマスコミが報道するように、あなたの予想よりはるかに長期化し、泥沼化しそうだからといって、あわてて抱いたものではない。開戦4日前(3月16日)に起草した前号の<緊急アピール>を読んでいただければご理解いただけるものと思う。

3月17日の演説で               .

「戦争による被害を抑え、期間を短縮するための唯一の方法は、最大限の戦力を集中することであり、われわれはその準備ができている。」

と断言したあなたには、短期にこの闘いを終わらせるという自信がみなぎっていた。米軍の圧倒的な軍事力を知る世界の多くの人々もそう思っていたであろう。しかし、私の抱く疑問と懸念は、この戦争が短期に終わろうとも、はたまた泥沼化しようとも、そのことによって影響されることのない性質のものである。泥沼化すれば、私のおそれがより急速に、かつより深刻に現実化するだけであり、そこに決定的な差異はない。

もうひとつ、あなたにあらかじめ申しあげておきたいことがある。それはこれから述べるこの戦争への疑問と懸念が、世界の唯一の超大国となったアメリカ合衆国の“大統領としての・歴史的決断"の当否を問うものだということである。

すでに多くの無辜(むこ)のイラク市民が傷つき、命を失っている。けがれなき子供達におそいかかった犠牲は余りに痛ましく、直視に耐えない。でも、ブッシュ大統領、あなたにそのことをいくら訴えてもあなたが決して動じないことを私は知っている。あなたは開戦前の3月17日、次のように世界に向って訴えかけた。

「米国民はまた、戦争の代償も理解している。なぜなら、われわれは過去にもそうして代償を支払ってきたからである。戦争に確実なものはない。唯一確かなのは、それが犠牲を伴うということである。」

また、いよいよ開戦に踏みきった3月19日、あなたはこういっている。

「戦端が開かれた今、この戦いの長期化を防ぐ唯一の方法は決定的な軍事力を投入することである。私はここで、この作戦は中途半端なものではなく、勝利以外の結果を受け入れることはないことを明確にしておきたい。」

あなたにとって、全て“先刻ご承知と”いうわけだ。子供達の悲惨な死に対する世界の心ある人々の嘆きも、また各国の反戦平和の叫びも、あなたのこの決意をゆるがせはしない。なぜなら、それは“あなたの戦争”の大義の前のやむをえざる犠牲にしか過ぎないからだ。
しかし、“あなたの戦争”の、まさしくその大義そのものが根拠のないものだとしたら、アメリカ合衆国大統領として決して犯してはならない決断の誤りとして、歴史的責任を問われることになろう。

私が、このたびのパキスタン訪問で確かめてきたことは次のふたつである。

まず第一は、ブッシュ大統領、あなたの父とあなた自身が2代にわたって築きあげた大切な財産を一瞬のうちに失ったということである。
あなたの父は、第一次湾岸戦争において、サダムのクウェイト侵略という非道を前にして、国連決議と国際社会の支持を取りつけたうえ、制裁を加えた。あなたの父のこの決断は、安全保障理事会において圧倒的多数で支持された。東西冷戦のもとでそれまでことあるごとに敵対していたソ連邦の賛成をも取りつけ、中国も棄権という消極的な支持にまわった。また、以降、湾岸GCC諸国に対するアメリカの影響力は決定的なものとなった。何よりも、国際社会がこの戦争を正義の闘いとして受け入れた。
そして、ブッシュ大統領、あなた自身が9・11テロに対する制裁として実行したアフガニスタン攻撃は、国際社会の圧倒的支持を得た。アメリカ合衆国に対して決して好意を抱いていたとはいえないアラブ・中東やイスラム世界の人々も、積極的にせよ消極的にせよ、“テロとの闘い”を受け入れた。
パキスタンは、その典型例のひとつではなかったか。タリバンとの強い結びつきのあったこの国において、ムシャラフ大統領は、イスラム過激派と訣別し、政教分離策さえ進め、穏健なイスラムヘとあきらかに大きく舵をきった。
パキスタンだけではない。アラブ・中東の多くの国々において、“テロとの闘い”は、日本人好みの表現を用いれば“水戸黄門の御印籠”のようなものとなった。あなたの前任者であるクリントン大統領がおし進めてきた中東和平策に対し、あなたがどんなに冷淡にふるまおうとも、それを声高に非難するものは少なかった。それどころか、あなたやイスラエルが冷たくあしらったパレスチナのアラファト議長の政治生命は、もはや風前の灯とまでいわれた。あなたの国アメリカ合衆国の主導権は、これまでのどの歴史段階においても経験したことのないほどの確固としたものとなったように思われた。

しかし、このたびのイラク開戦の決断と実行により、あなたが親子二代で築きあげた財産は一瞬のうちに失われた。貯めたものを吐き出したばかりではない。今後数十年かかっても返しきれないマイナスを背負いこむことになってしまった。
あなたは、そんなことはない、と反論するだろう。しかし、物事はどのような“ものさし”を使って眺めるかにより評価が決定的に異なる。はっきりしているのは、単位の小さな“ものさし”を何度あててみても、事態を正しく測定することは出来ないということである。
今、中東やイスラム世界では、アメリカ合衆国に対する不信と憎しみが深く静かに拡がっている。富裕層も貧困層も、インテリ層もそうでない人々も、同じ思いを抱いている。パレスチナの人々は絶望感にうちひしがれ、怒りと憎しみは深く潜行するだろう。しかも、中東ばかりではなく、世界全体にその怒りと不信感と、そして絶望感が蔓延するだろう。人々の理性や対話に対する信仰は薄れ、暴力への抵抗感が鈍麻していくだろう。あなたの唱える“テロとの闘い”は、これまでとは全く異った受け止め方をされることになるであろう。その結果、長期的にみて、アメリカ合衆国の主導権は確実に小さなものとなっていくであろう。タリバンとの闘いを共に行ってきたはずのムシャラフ政権において、微妙に、しかし確実に何かが変わってきていることを、あなたは気づいているだろうか。
テロに対する包囲網は、狭められるどころか、あちらこちらでズクズクに切り裂かれることになりはしないか。

もうひとつの重大な疑問は、アフガニスタンはそもそも“成功”だったと言えるのかということである。あなたの今回のイラク開戦にあたっての絶対的な自信は、アフガニスタンの“成功”によって裏づけられているように思われる。
あなたは、おそらく次の三つのことを理由に、アフガニスタンを“成功”とみなしている。

  1. アル・カイーダとタリバンというテロリストのせん滅
  2. カルザイ政権の樹立による民主アフガニスタンの成立
  3. 国降社会の全面協力による戦後アフガニスタンの復興

果たして、この三つの“成功”の根拠は確かなものなのか。あなたは、①については未だ闘いは完全には終わっていないという留保を付するかもしれないが、②と③は基本的に成功裡に進んでいると確信しているに違いない。その確信は、ブッシュ大統領、あなただけのものではない。日本の多くの人々もそう信じているし、それは国際社会のおおかたのコンセンサスといっても過言ではないかもしれない。
しかし、このたびのパキスタン訪問で私が感じたことは、実は、真相はまるで正反対ではないかという疑問と懸念である。
アフガニスタンの治安は乱れ、カルザイ政権の支配はカブール市内にとどまり、地方には軍閥の群雄が割拠している。米軍と国連が撤収すれば、カルザイ政権は一瞬のうちに崩攘するのではないかと多くの人々がおそれている。また、パキスタンに大量の難民が再流入している。それだけ国土が荒れているということである。タリバンの残党狩りは進まず、イタチごっこが続けられている。あまつさえ、このたびのイラク開戦に伴い、それら残党がヘクマチアルと組んで息を吹き返す兆候さえみられる。

そして、今またもや、イラク戦争のあとの“復興”について議論が始まろうとしている。“アフガニスタンの戦後復興を再び”というわけだ。イラク開戦に反対したものも含めて、誰ひとりそのことを疑うものはいない。戦争は間違っていたとしても“後復興”は正しいし、うまくいくはずだ、というわけだ。“復興”にいくら金がかかるかもわからず、アメリカや日本の財政に大きな打撃を与えるのではないかと心配する人々も、その“復興”自身がひょっとしたら根本的に成功しないのではないかと疑いはしない。果たしてそうか?もしそこに大きな誤算と錯覚があるとしたら、私たちはとてつもなく大きな陥とし穴にはまることになる。
日本には、仏教用語で“賽の河原の石積み”という言葉がある。アフガニスタンで、イラクで、そして世界のあちこちで、そのような空しい努力を浪費することにならぬか。‘‘賽の河原”の石積みの童子たちは、最後は地蔵菩薩によって救われる。しかし、果たして、この地球に地蔵菩薩は出づるのであろうか。

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