スサノオ通信番外編 :「錦織淳の役に役に立つビジネスコーナー」(第2回)「錦織淳が弁護士50年で獲得したノウハウを惜しみなく披露する」―Chat GPT時代に挑戦する契約書の作り方(その1)-

1 再び“お詫び”

 このビジネスコーナーの目的は,第1回(2022年9月22日発信)で述べたように,本来,

「企業法務に携わる人,事業の上で法律問題にいつも頭を悩ませている方々や,後輩弁護士たちのみならず,一般の方々にも」

私が弁護士50年で獲得したノウハウを披露することにあった。

 しかし,スサノオ通信開始から2年近く経つというのにこのコーナーをなかなか発信出来ないという焦りと,日本の司法において“知の劣化”がものすごいスピードで進んでいるのではないかという焦りと,-この2つの焦りから,とにもかくにもこのコーナーを形にして出さなければと,我ながら極めて安易な形で第1回を発信した。

 この第1回の狙いは,

   「判例の読み方,解き方,使い方」

ということであった。何故このように焦ってまでこのテーマで発信したかといえば,我が日本において恐ろしいまでのスピードで“知の劣化”が進んでいるのではないか,司法の世界においても同じことが起きているのではないかと,文字通り“日々”痛感しているからである。その劣化現象の表れのひとつの例は日本社会全体を覆う極度の“マニュアル依存症”とでもいうべき社会現象である。司法の世界でほんのひとつその例をあげるとすれば,たとえばそれは「判例」を金科玉条の如く崇め奉り,それがいかなる前提事実のもとに許容され得るのかという検証・検討を怠り,それがあたかも絶対不可侵の如きものであるかの如く受け止め,そこで立ち竦(すく)み,“思考停止”に陥ってしまうという現象である。これは判例法主義の完全な誤解であり方法論としても完全な誤りであるが,それだけではない。永い眼で見ると,それは結局我が国司法の硬直化をもたらし,ひいては我が国社会発展のダイナミズムが失われることになろう。

 しかし,第1回の配信を読んだ読者の方々の反応は,一般の人々にはとても難しくて理解するのに苦労したということであった。無理もないことで,いきなり「会社法制をめぐる最高裁判例の推移とその読み方」というテーマは,企業法務の最先端でこの問題で苦労した方々や,同種の問題に深く関わったことのある“熟練の”弁護士の方々以外には,いささか歯ごたえがあり過ぎたかもしれない。

 今後発信するこのコーナーでは,この点の反省に踏まえ,一般の方々にもわかり易い内容とするよう心掛けたい。

 その観点から当面取り扱うテーマは次の2つである。

   ① 契約書の作り方

   ② 判例の読み方,解き方,使い方

まずは,前者から始めたい。第1回でとりあげた②のテーマは,その後にじっくり展開する。

2 ChatGPT時代と契約書

 今や,“ChatGPT先生”に尋ねれば,どんなことでも回答してくれるのではないかと錯覚しかねない時代になった。わざわざ“弁護士先生”に高いカネを払って契約書の作成を依頼しなくても,“ChatGPT先生”に同じことをお願いすればそれでこと足りるのではないかと,多くの人々が考え始めてもおかしくない。

 2000年代初めにアメリカで生まれたリーガルテックという言葉がある。Legal(法律)とTechnology(技術)を組み合わせた造語で,法律業務にIT技術を活用し効率化を図ろうというわけであり,ご多分にもれずこれもアメリカから日本に流入した。

 日本でも数年前から契約書の作成にAIを導入する動きが活発化している。もともと契約書といえば,今やインターネットで検索すれば,実に様々なタイプの契約書式(フォーマット)が簡単に出てくる時代である。契約書というのはそれだけ,定式化・定型化になじみやすい。数ある法律業務の分野でまずは「契約(書)審査」にAIが導入されることになったのは必然の流れであろう(これと並んで「法令審査」「判例調査・分析」の分野も,“検索システム”の発達とともに,AIの活用になじむ。ちなみに,アメリカでは判例・法令検索のシステムが早くから非常に発達していて,私が弁護士稼業を始めたばかりの若い頃,彼我の落差の大きさにため息をついたのを,ほんの昨日のことのように鮮明に覚えている。このことは,上記「②判例の読み方,解き方,使い方」のコーナーで詳しく述べる予定である。)

 いずれにしろ,人工知能(AI)を使って契約書を作成したり,契約書の案(ドラフト)を審査したりするサービスは,デジタル技術の進化に伴い今後どんどん高度化していくと思われる。そうすると,“未熟な(?)”弁護士に依頼するよりも,ITを使った方がよいのではないかということになってしまう。

 現にこの分野の先進国アメリカでは,巨大化したローファーム(巨大法律事務所)において従来経験の浅い若い弁護士が担っていた定型化された業務がAIにとって代わられ,これらの層の“大量失業”が発生すると予測する向きもある。

 我が国でも,我が敬愛する佐和隆光先生は,

「AIが強さを発揮するのは定型的業務」

であるとし,

「AIによる業務の飛躍的な効率化のせいで,医師,弁護士,会計士など専門職の必要数が減り,専門職の補佐役は不要になると,少なく見積っても,労働人口6720万人の10-20%が失職せざるを得ないだろう。」

「弁護士を補佐するパラリーガルの仕事は,ほぼ完全にAIに取って代わられるだろう。」

とまで言い切っておられる(京都大学経済研究所附属先端政策分析研究センター編「政策をみる眼をやしなう」東洋経済新報社の同教授の講演録より)。

 私個人としては,そのような危惧がある程度現実化するのは“過渡期”においては避けがたいとしても,若手のアソシエイツ弁護士にせよ,パラリーガルにせよ,AIの高度化に対応し,これを凌駕する独自の能力を身につければそれでよいのであって,直ちに“大量失業”にはつながらないと思う。もっとも,そうであればあるほど,我が日本の司法において“知の力”がどんどん衰え,マニュアルに安易に頼ってこと足れりとする傾向に拍車がかかっている現状はなんとかしなければならないと思う。それこそ“国際競争力の強化”などという高級な話ではないのである。

 いずれにしても,今後AIやChatGPTに負けない契約書作りのスキルを身につけていくことが益々求められるようになる。このビジネスコーナーの記事も,それに挑戦する若手弁護士やパラリーガルへの“応援歌”である。

 では,AIに負けない契約書作りとはどのようなものか。そこに話を進める前にひとつ解決しておかなければならない問題がある。

3 法務省の発表したガイドライン

 日本の弁護士法第72条は,弁護士以外の者が報酬目的で法律事務を行うことを「非弁行為」として(「非弁提携」を含む),罰則をもって禁止している。

 そこで,AIを使って契約書の作成・審査・管理の一部を自動化するサービスを報酬を得て提供することが「非弁行為」に該たらないかが大きな問題となる。

 この疑問に答えるべく,今年の8月1日,法務省大臣官房司法法制部が

「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」

というガイドラインを発表した。

 このガイドライン発表の背景に少しふれておこう。2013年(平成25年)にアベノミクスの一環として産業競争力強化法が制定された。この法律の目的(第1条)は,

「我が国経済を再興すべく,我が国の産業を中長期にわたる低迷の状況から脱却させ,持続的発展の軌道に乗せるために」

「産業競争力強化のための施策」「規制の特例措置の整備等の規制改革」「産業活動における新陳代謝の活性化」等を図るというものである。“失われた30年”を規制改革と新規事業の支援によって突破しようというわけである。この法律の第7条に「グレーゾーン解消制度」というものがあり,新規事業者(スタートアップ企業)が当該新規事業に対する現行規制の適用の有無・範囲等について疑義の解消を求めて主務大臣(関係省庁)に対し照会をすることが出来るとされている。

 一方において企業法務の分野において契約書の作成・審査・管理をデジタル技術を用いて高度化しようという要請があり,他方においてこのような要請に応えるべくスタートアップ事業者がAIを使った契約書の作成・審査・管理の一部を自動化するサービスを新規事業として展開しようとしている。そこで,そのような新規サービスの提供が弁護士法第72条にふれないかが問題となった。

 そのような背景からこのガイドラインが発表されたのである。

このガイドラインは,弁護士法第72条の条項に従い,

① このサービス提供によって「報酬」を得ることとなっていないか

② このサービス提供の対象が「訴訟事件…その他一般の法律事件」に該当しないか(いわゆる「事件性」があるかないか)

③ このサービス提供が「鑑定…その他の法律事務」に該当しないか(法律上の専門的知識に基づき「法律的見解を述べること」や「法律上の効果を発生,変更等する事項の処理をすること」に該たるかどうか)

という観点から,あくまで一般論として,これを検討したものとしている。

 もっとも,上記②③のカッコ内で引用したところは,弁護士法第72条に関する多数の判例を基に法務省としての見解を述べたものであり,“広狭”様々な解釈が対立している。たとえば上記②については「事件性不要説」があり,“事件性”の概念についても広狭様々な解釈がある。

 いずれにしろ,第①の点(報酬目的)は判定が比較的容易だが,第②,第③の点はなかなか判定のしづらい問題である。

 このガイドラインの作成者は相当に苦労したものと思われる。一方で「企業の法務機能の向上,国際競争力の向上」(法務大臣言)という要請があれば,他方で弁護士法第72条についての確立された法令解釈に従うべしという要請もあり,誤解を恐れずに言えば,これは“あちらを立てればこちらが立たず”という関係にある。

 案の定,このガイドラインには早や“厳しすぎる”という批判が既に出ている。窮屈過ぎるというわけだ。

 他方で,ビジネスロイヤーとして多少とも契約書の作成・審査業務に携わった者なら誰でもすぐにわかることだが,およそ契約書の作成・審査業務で

「事件性が全くないもの」

「専門家としての法律的検討を全く加えなくてよいもの」

など,現実にはひとつもありはしない。

 後に詳しく述べることだが,契約書の作成・審査のまず第一義的な目的は「紛争の発生の予防」ということである。「予防」はあくまで「予防」であってその段階ではまだ「事件性」がないといえばそれまでだが,それは所詮“紛争の成熟度”の問題であり,程度問題である。契約書の作成・審査を依頼された段階で“一触即発”ということもあれば,その少し手前という場合もある。更にそのずっと手前で,契約(書)をめぐる紛争の発生が抽象的・観念的にしか想定されない場合(段階)もある。「事件性」があるかないかの判定は,ことほどさように現実の場面では決して容易ではないのである。このガイドラインが「事件性がない」として例示しているものも,相当に“苦しい説明”である。

 その点はさておいたとしても,契約書の作成・審査の業務において「専門家としての法律的検討を全く加えなくてよいもの」などひとつもありはしない。それは定型化された契約書式を用いる場合でも同様である。たとえば定型化の典型例として建物賃貸借契約書(居住用のマンションの一室の賃貸借契約書など)を作成・審査する場合を考えてみよう。

 定型化された建物賃貸借契約書の書式といえども,ごくシンプルなものからかなり多岐にわたって細かく規定した条文数の多いものまで様々である。その中からどれを選ぶかという判断において第一義的に重要なのは,

「どれが依頼されたケースに一番ふさわしいか」

ということであり,どのようなトラブル(紛争,係争)が発生する可能性が最も高いかを的確に予測し,それに対しきちんと“手当て”が出来ているかどうかが問われるのである。詳しければ詳しいほどいいというものでもない。そこで,“熟練”弁護士としての依頼されたケースへの洞察力が求められるのである。

 しからば,従前からの借家人やテナントとの間でとりかわした賃貸借契約書が既にあり,ただこれを「更新」するだけという場合はどうであろうか。これは,「賃貸借の期間」を新しいものに改めたうえ,「契約書の作成日付(調印日)」を改めさえすればそれでよいように思える。しかし,“熟練”弁護士はそのようには考えない。“果たして従前通りの条項でよいのか?”をちょっと立ち止まって考えるのである。従前の賃貸借期間中に借家人やテナントに全く予測しなかった(予測出来なかった)ような問題行為(契約違反行為)があり,それが今後も繰り返される恐れがある場合には,従前の契約書で果たしてそれに対応出来るかを考えるのである。また,近い将来賃貸建物の建て替えや“自己使用の必要性”が発生することが予測される場合にそれに対応した条項を挿入することを検討するのである。これらはほんの一例である。実際の契約実務の現場では,多種多様な問題,しかも予想し得なかったような様々な問題が発生するのである。

 我々弁護士からすると“眼をつむっていても出来る”ような,このような極度に典型化・定型化された建物賃貸借契約書であってさえもそうであるから,少し複雑なビジネス取引では,極端に言えば“ひとつとして同じ顔のものはない”(取引の必要上同じ顔の契約書を沢山作るというのは,問題が全く別である!)。そこに“裁量”の余地,すなわち専門家としての判断が入り込まないものなどひとつもないのである。

 そんなことを言い出したら,AIによる契約書作成・審査はほとんどすべてが非弁行為ということになるのではないかというお叱りを受けそうである―実は,その通り!なのである。

 思うに,AIによる契約書の作成・審査という全く新しい(今まで誰も予想もしなかった)サービスに,弁護士法第72条の伝統的解釈基準(昭和46年7月14日最高裁大法廷判決の示した解釈基準)をあてはめるにあたっては,発想法の基本的転換が必要ではないか。弁護士法第72条の趣旨や精神を生かしつつAIによる契約書の作成・審査という新しい要請に応じるという新たな基準作りが必要なのではなかろうか。また,サービス提供事業者の側にも大胆な発想の転換が求められ,社会全体がこれを許容するための条件作りを進めていくことが必要ではないか。

 もっとも,このコーナーはそのことを論ずるのが目的ではない。しかし,

「AIやChatGPTに負けない契約書作り」

を考える上で,「非弁行為」に該たるか否かという上記の“論点”は,契約書の作成というものをそもそもどのように考えたらよいかという最も基本的な点のヒントを与えてくれるし,“ChatGPT時代の契約書の作り方”というこのコーナーの重要な“イントロ”となるはずである。

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